ミズバショウやリュウキンカが広がっているところもある。時折、背負子にダンボールをいくつも積み重ねて歩いているポッカに出合う。鳩待峠から食料などを各山小屋へ運んでいる人たちである。
荷を降ろして空荷になった人たちは、背負子の両端にスパイクの付いた長靴をかぶせている。中身の入った荷を背負ったときに、滑らないようにするために使用するものであろうか。早い足どりで私を追い越していった。
木道を歩いていると、離れた所からカッコウ、ツツドリ、ホトトギスなど夏鳥の鳴き声が聞こえてくる。尾瀬ヶ原の醸し出す独特の風物詩の中に一層の風趣を添えている。
自然観察路を歩く人々のために、いくつかのポイントに案内板が立ててある。尾瀬の生い立ち、ミズバショウ、尾瀬ヶ原湿原の成因、ヤチヤナギ、森林限界の違い、燧ヶ岳の山容などといった事項が詳しく説明されている。行くときは簡単に見た案内板や周囲の景観も、帰りは十分時間をかけて一層印象を深める。
前方に見える至仏山も少しずつ大きくなって、いくつかに分かれて伸びている雪渓も次第にはっきり見えてきた。後方に見える燧ヶ岳もすっかり小さくなった。指導標に、山ノ鼻へ二・二キロ、竜宮小屋へ二・二キロと書いた牛首まで来ると、登山姿に身をかためた二十人ほどのパーティーに出合った。
近くのテーブルべンチでは、三脚を立ててカメラを構えている三人の姿があった。傑作を撮ろうとしているのであろう。牛首を過ぎてしばらく行くと、木道が雪に覆われてきた。空荷のポッカが持参しているシヨペルで木道の所々に穴をあけていた。雪がやわらかくなっているので、不用意に落ちないようにとの配慮からであろう。

五、 ビジターセンターへ
雪の上を歩きながら山の鼻小屋に着いたのが午後二時ごろである。早速もう一泊をと頼んだが、既に満員とのことである。他の山小屋へのあっ碇を依頼すると、北隣にある尾瀬ロッジを紹介されて、二〇五号室に泊まることになった。小憩のあと近くの山の鼻ビジターセンターへ行った。
展示室には、尾瀬の湿原や森林の中の動植物、野鳥および尾瀬の成因の歴史、現在の姿が分かりやすい図解や写真で説明されていた。最新の山の情報も掲示され、安全に登山ができるようにとの配慮があった。中央には縮尺千分の一の立体的な俯瞰図がある。
広大な区域にわたる尾瀬周辺の地形、探勝ルートなどが記入されて、よく分かるように展示されている。展示室の隣のレクチャールームでは、尾瀬の四季の変化の状況を収録したビデオを映していた。
ビジターセンターを出て、山ノ鼻広場の西方に広がる植物研究見本園を歩いた。花のシーズンになると、湿地帯に咲く多くの植物が観察できて、尾瀬歩きの事前学習に良い場所になる。今は見渡す限り雪原で、少し雪の解けた地塘の一隅に、わずかにミズバショウの花が見えるだけである。
私には、三回目の尾瀬ヶ原散策である。六月上旬に訪れた前二回は、木道に雪はなくミズバショウをはじめとして多くの花が咲いていた。今回は花が少なかったが、残雪の多い高層湿原の持つ独特の雰囲気を味わうことができたという充実感があった。
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